創立者
| 汪広平 先生 1921年生まれ。 北平師範大学地学系卒業。 三十歳で台中市立高校の校長となり、「校舎は粗末で満足な壁すらなく、全ての環境が整っていない。学生のレベルはばらばらで、先生は威張るだけ、学生も騒動を起こしてばかり」という弛緩した校風に大なたを振るいました。 |
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四十九歳、明道中学・高校を創立。
広平先生は当時学生数が少なかった新設の武訓高校を「明道中学・高校」と改称し、学生たちを「大きな勇気は大きな知恵より生じ、知を求めることは仁を求めることである。惑わず憂えず恐れず、全て強い精神を基礎としよう。明道は第一に明倫を重んじ、明徳は進んで民の意識を刷新する。なすべき事をなして最高の善に止まれば、人生の意義は明かとなる」と、激励しました。
明道中学・高校の謹厳な学風と精神とは、教育界及び各界より大きな賛同を得、明道中学・高校で学ぶことは、一種の名誉と考えられるようになりました。明道は今や、他学の規範となる教育や図書館・整った教育設備・全国でも優れた成績と一流の施設などを持ち、一万名以上の学生を擁する巨大学校であり、中学・高校・総合高校・進修学校などを有しています。
明道の人文精神
五十五歳、『明道文芸』を創刊。
「『明道文芸』とは一首の若者の歌であり、若者が歌い、若者に聴かせる」。明道文芸は、全国でも珍しい青年のために発行される文学刊行物です。今まで、行政院新聞局遊獵刊行物金鼎賞を五回受賞しています。
七十二歳、「明道国学講壇」を設立。
唐様式建築の外觀を持つ全国唯一の中国学専用の施設で、古典・器物及び優美な情景により、学生は心から伝統文学の豊かさを感じ、文化の薫陶を受けることができます。
七十六歳、「明道現代文学館」の建設を提唱。
文学選集や伝記などの図書の他、広く作家の資料や手記・手稿・講演映像・写真などを収集しており、作家自身に注目することにより、文学の息吹を感じることができます。
八十歳、「明道管理学院」を創立。
彰化県
頭郷に、台湾糖業より30ヘクタールの土地を借り入れ、企業管理・コンピュータ工学・応用英語・応用日本語・精密農業・景観設計・デジタルデザイン・レジャー経営の8学系を有する明道管理学院を創立しました。